この記事は禅寺僧侶の立場から、仏壇について解説します。
仏壇とは何か
教科書的には、本尊を安置し、礼拝・供養を行うための場、となります。
『仏壇は亡き人の家でなのでしょうか』、と考える方も多いと思います。
そのような側面もありますが、基本的にはエネルギー調整装置の意味合いが強いかと思います。
位牌単体であれば(仏壇がない状態)、お経やお花、お供え物等、その場で消費されるようなイメージです(これはこれで大変良いかと思います)。
ところが、仏壇がある場合、お経やお花、お供え物等のエネルギーをその中で少し溜めたり、他の一族の位牌が同じ仏壇の中にある場合は、おすそ分けしたり、統合・加工等の作業を行ったり、等の何らかの最適化を行うことができるようです。
そのような機能があるため、できれば仏壇はあるに越したことはありません。祈りの場としても大変有効かと思います。
仏壇そのものはお釈迦様の時代の仏教にはありません。
つまり、仏壇は仏教の絶対条件ではありません。インド仏教⇒中国仏教⇒日本仏教、という流れの中で位牌と一体となって、中国の祖先祭祀文化と仏教が融合して生まれたものと推察されています。
なぜ仏壇文化は続いてきたのか
上記でも述べましたが、仏壇はお釈迦様の時代からあったものではありません。
その原型は中国で発達し、日本には仏教とともに伝わりました。
現在の仏壇に近い形が見られるのは室町時代頃であり、一般家庭に広く普及したのは江戸時代以降です。
つまり日本では少なくとも400年以上、多くの家庭に仏壇が置かれてきたことになります。
(発祥という意味では、位牌が形を成してきた時期と同期をとっていると思います。位牌は、中国では、2,000年程度、日本では、1,000年程度の歴史があります。)
しかし、
単なる家具であれば400年も続くでしょうか。
単なる宗教上の義務であれば、ここまで日本人の生活に根付いたでしょうか。
仏壇が人々にとって役に立ったからこそ残ったのだと思います。
仏壇の前で手を合わせ、感謝し、故人を思い出し、自らを振り返る。
その時間が生きている人の支えになったからこそ、
仏壇文化は今日まで続いてきたのではないでしょうか。
そのような意味で仏壇は現世利益の重要な装置であるということが言えます。
まとめ
「仏壇は位牌とともに、故人のための道具というより、生きている人が供養を続けるための装置である」、ということが言えるかと思います。供養を行うことによって御先祖様と(現世での)子孫という大きな流れの中でエネルギーが高められ、力が上がっていきます。
供養とは、亡き人を偲ぶと同時に、自らを整え、繁栄・発展に向かうための時間でもあるのです。
【御参考】
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